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自分で書いた原則を、失敗を認めるようには感じずに書き直す方法

一年前に書いた原則が、いま生きている生活とうまく噛み合わなくなってきた。書き直すのは、本来ただの通常メンテナンスのはずです。でも、そう感じられることはめったにありません。あのとき書いた自分が間違っていたと認めるように感じてしまい、だから多くの人はその一文をそのままにして、代わりに黙って参照するのをやめてしまいます。実はこちらのほうがずっと悪い結果です。

なぜ書き直しが「白状」のように読めてしまうのか

原則は一人称・現在形で、確信を持って書かれます。「夜8時以降は仕事のメッセージを見ない」は、仮説というより約束のように読めます。約束は守るものであって直すものではない、と感じるから、その一文に手を入れることが、それを守り続けてきた日々をすべて遡って取り消すことのように感じられます。でも実際はそうではありません。それを生きた日々は、そのルールがいずれ新しい形を必要としたという事実によって消えるわけではなく、むしろその日々こそが、いま新しい形を与えるだけの根拠になっているのです。

原則が合わなくなる三つの理由。自分のせいなのはそのうち一つだけ

1. もともと自分のものではなかった

本や、恩師や、誰かに感心されたかった頃の自分から借りてきて、「そのとき正しく聞こえたから」書かれた原則もあります。それを破りたいという衝動を一度も本当には感じたことがないなら、そもそも守るべきものは最初からなかったということです。書き直すのはただの誤登録の訂正であり、失敗ではありません。

2. 正しかったが、境界が広すぎたか狭すぎた

「一日のいちばん最初の2時間は複利のきく仕事に充てる」は、朝が静かだった頃は正確でした。転職して朝9時に定例の電話が入るようになったなら、原則が嘘になったわけではなく、その境界が古くなっただけです。これがいちばん多いケースで、直すべきはたいてい条件の側であり、一文まるごとの撤回ではありません。

3. もう存在しない問題を扱っていた

難しい上司、経済的に苦しい一年、喪失の時期——特定の季節を生き延びるために書かれた原則が、その季節が終わったあとも静かに残り続けることがあります。それが対処していた状況がもう無いのに、義理立てで残しておくのは誠実さではなく、統治する対象を失ったルールというだけです。

手を入れる前にする、ひとつのテスト

正直に自分に問うてみてください。この一か月、この原則は少なくとも一度は自分の実際の行動を変えたか、それとも毎回押し切られただけだったか。負け続ける原則は、何か本当のことを教えようとしています。有用な動きは、それが何かを突き止めることであって、黙って読むのをやめ、その居心地の悪さが自然に消えるのを待つことではありません。もし取る行動が「何もしなかった場合」と実質同じものにしかならなくなっているなら、その原則の役目はすでに終わっています。書き直すか引退させるか、どちらも誠実な選択であり、どちらも敗北ではありません。

書き直しを断罪にしない方法

  1. 変える前に、古い文をそのまま書き残す。ページから消すことで記憶からも消そうとしないでください。それはしばらくの間、実際に仕事をしていました。その記録があるからこそ、新しい版が思いつきではなく根拠のあるものになります。
  2. それを崩した具体的な場面を名指しする。気分ではなく、一つの事例——それがもう答えを出せなくなったその火曜日を。具体的な一つの出来事に応じて書き直された原則は鋭さを保ちますが、漠然とした違和感に応じて書き直された原則は、二度と間違えようのない曖昧さへと流れていきがちです。
  3. 新しい文を書き、そのあとに理由を一行。この一行は未来の自分のためのものです。そうしないと半年後、また同じ「これを変えて正しかったのか」という問いに、答える証拠を何も持たないまま直面することになります。
  4. 日付を入れる。編集の履歴が見える原則は、生きていて、手入れされているものとして読めます。変えたことを後ろめたく感じる原則は、やがて見なくなります。

唯一、本当に注意すべきパターン

ある原則が二、三週間おきに書き直され続けていて、新しい版もまた次のつらい日に当たると同じように崩れてしまうなら、それは健全な改訂ではありません。その原則がそもそも一度も本当には決められたことがなく、「改訂」のたびにメンテナンスという言葉を借りた回避が行われているだけというサインです。見分け方は、その修正が留まれる版に向かって収束しているか、それとも一つの版にも本当のコストを払わせたことがないまま、際限なく漂い続けているかです。ある原則が保つ価値のあるものだと言えるのは、少なくとも一度は不都合を乗り越えたあとであって、それより前に「これが決定版だ」と言ってしまうべきではありません。

CreedOS もこの考え方の上に作られています。信条には変更履歴が残るので、書き直したときにその理由がすぐ隣に残ります。それは自白ではなく、黙って放置されるのではなく、いまも手入れされ続けているルールの記録です。