過去の決断を振り返るとき、「後知恵バイアス」に書き換えられないようにする方法
後知恵バイアスは「振り返るときに起きること」だと説明されがちですが、それではぼんやりしすぎています。実際にはもっと具体的な、一瞬の出来事です。過去を読み返す最初の数秒、理由をまだ読み返してもいないうちに、先に結果へ目が行ってしまう、あの瞬間に起きます。その瞬間から、当時の理由についての記憶は静かに組み直され、結果と辻褄が合うようになっていきます。これは振り返りが少しずれるという話ではありません。振り返り全体がまだ救えるか、もう手遅れかが決まる唯一の瞬間であり、それがほとんどの人には見過ごされています。
問題が起きるのは「決めた瞬間」ではなく「読み返す瞬間」
決めたその瞬間には、良くも悪くも、自分の理由はまだ正直に思い出せる形で存在していました。歪みはそのときに植えつけられるのではありません。あとで、結果をすでに知った状態でその決断を初めて読み返すときに植えつけられます。結末を知っている頭は、始まりも「そこへ向かっていた話」として読んでしまうからです。当時は本当に五分五分だった選択が、あとから振り返ると当然そうなるはずだったこと、あるいは当然失敗するはずだったことのように思い出され、その「当然だった」という感覚は、洞察とまったく同じ手触りをしています。それは洞察ではありません。理由がまだ何も語っていないうちに、結果が先に入口に立ちふさがっているだけです。
これが重要なのは、後知恵バイアスを避けるためのアドバイスの多くが「書くこと」にしか触れていないからです。結果を知る前に理由を書いておく——これは本当に必要なことで、別の記事でも扱っています。ただ、実際にそれを読み返すときに何をすべきかについては、ほとんど何も語られません。どんなに丁寧に書かれた記録でも、読み返す順番を間違えれば、何も書き残していなかった記憶と同じくらいの速さで汚染されてしまいます。
対処法:決まった順番で読み返す。結果は最後
この方法は、信じてもらえないくらい単純です。だからこそ見過ごされているのだと思います。すでに結末を覚えていても、それを見る前に、まず当時の理由を読み返してください。結果には蓋をしておきます。まだ知らないふりをして、予測と理由から先に読み返します。
当時の記録が残っている場合
まず記録そのものだけを読みます——当時の予測、当時つけた確信度、当時の理由。それだけを材料にして自問してください。あの時点で知っていたことだけを踏まえれば、この理由は筋が通っているか。実際に何が起きたかを開ける前に、この問いへの答えを書いておきます。そのあとで初めて結果と照らし合わせます。何も知らずに出した答えと、結果を知ったうえでの答えとの差こそが、たいてい本当の学びであり、それはどちらか一方の答えだけを見ていては得られないことがよくあります。
記録が残っていない場合
正直な形をそのまま取り戻すことはできません——それが当時書いておかなかったことの本当の代償で、どんな工夫をしても完全には元に戻せません。それでも、部分的な埋め合わせはできます。結果に気を取られる前に、その状況について今も覚えていることを書き出してください。当時の他の選択肢は実際どうだったか、当時まだ知らなかったことは何か、その日の自分がどんな状態だったか。この文章には「事後の再構成」と日付を入れておき、あとで読み返すときに当時の記録と取り違えないようにします。そのあとで初めて、実際に何が起きたかを見ます。目的は、あとから綺麗な「事前の記録」をでっち上げることではありません——それは不可能です。せめて「その状況について今も思い出せること」と「今すでに知っていること」を分けて、後者が前者の代わりに語ってしまわないようにすることが目的です。
二つを別々に採点する。順番を逆にしない
理由をきれいな状態で読み返したら、二つの問いを立てます。直感では逆にしたくなりますが、この順番のまま答えてください。
- 当時わかっていたことだけを踏まえて、その理由は筋が通っていたか。 結果を証拠として差し戻す前に、まずこれに答えます。
- 結果はうまくいったか。 二番目に答えます。これも実在する、大切な問いですが、材料の違う別の問いです。これを先に答えてしまうことが、そのまま一つ目の問いの採点を結果任せにしてしまう、いちばんありがちな経路です。
理由はしっかりしていたのに運が悪くて失敗した決断は、理由そのものを書き直す必要はありません。理由は弱かったのにたまたま勝った決断も、今回勝ったからといって次も繰り返していい根拠にはなりません。結果に両方の問いを一度に答えさせてしまうと——結果を先に読めば、これがほぼ自動的に起きてしまいます——このどちらの結論にもたどり着けなくなります。
実際にできる手順
- 学びたい決断を一つだけ選びます。一か月分まとめてではなく、一つです。
- 当時の理由を見つけるか、思い出せる範囲で書き起こし、それだけをまず読みます。
- 結果を見る前に、理由についての判断を一行書きます。
- そのあとで結果を見て、結果についての判断をもう一行、別に書きます。
- 二つの行を比べます。どちらか一方ではなく、その食い違いこそが残す価値のあるものです。
記録さえあれば、これは数分で終わります。時間の大半は、先に結末を覗きたくなる衝動を抑えることに使われます。この衝動は、思っている以上にしつこいものです。
タイミング:直後もよくないし、時間が経ちすぎてもよくない
結果が出たその日のうちに振り返ると、たいていはまだその結果に感情が引っ張られたまま——ほっとしていたり、気まずかったり、自分が正しかったと誇らしかったり——になっていて、その感情は意図しなくても理由への採点に染み出します。数か月ではなく数日という短い間を置くと、結果の切迫感は薄れつつ、当時知っていたこと・感じていたことの記憶が結果に合わせて漂い始める前に、ちょうどよく振り返れます。逆に時間を置きすぎると、結果の印象は薄れても、当時何を知り何を感じていたかの手がかりまで一緒に薄れてしまい、採点できる正直な材料が何も残らなくなります。
CreedOS の毎日のチェックインには、点数のほかに一言メモを書ける欄があります。あとから状況の結末を知ったうえで書き直すのではなく、その日実際に起きたことをその日のうちに残すためのものです。週の振り返りでは、結果に理由を語らせてしまう前に、そのメモを読み返す場所があります。完全に無料で、アプリ内課金もありません。